スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ネット小説 【ホームレス】

imageごく普通の仕事に、ごく普通の家庭を持った、ごく普通のサラリーマン。

郊外に35年ローンで一戸建て住宅を購入し、妻と子供二人と暮らすごくごく普通のお父さんがいました。家庭内での妻子との会話も当たり障りなく、派遣切りで失業者が増え住む所を追われる人たちが増えているニュースを見ても、「真面目に働けよ」とあくまで“他人事”としてしか捉えていないような考え方の人間でした。

ただ、そんな彼も日常生活にかすかな疑問は抱いていました。妻子と「会話はできているのに、どうも何かおかしい?」程度の擦れ違い感覚です。ただ彼も今は働き盛りの年齢。いつも仕事のことで頭がいっぱいなので、そのかすかな疑問は頭を横に振り払えば忘れてしまえる範囲のことでしかありませんでした。

そんなある朝、いつも通り彼は出社のため家を出ました。彼の家はどこにでもありそうな名前の巨大住宅地:五月台。山を切り開いた郊外の中流住宅地のド真ん中にあります。いつも通りの時間に家を出、歩きながら仕事のメールを打ち、かかってきた仕事の電話に指示を出しながら、足はいつもの駅へと向かっている・・・はずでした。が、通話の途中で彼はいきなりある事に気付いてしまいます。ビジネスバッグを抱え、携帯で話していたはずの自分が、いつの間にか“いま自分がどこにいるのか”解らなくなってしまっていたのです。

ここは郊外の新興住宅地。適度にアールのついたカーブの道に沿って、似たような家ばかりが整然と延々と並んでいます。ここに越してきてからまだ日にちが経っておらず、会社と家の往復ばかりで近所を散策したことすらない彼にとって、「自分の街」は=「知らない街」も同然だったのです。

いつの間にか通勤ラッシュの時間帯も過ぎてしまっていたのか、勤め人たちの駅へ向かう流れも消滅していました。「早く出社しなきゃ!、駅はどっちだ?」とますます焦るも、たまに幼稚園の園児バスが遠くを通り過ぎたり、ゴミ回収車が向こうの通りを音楽を鳴らしながら横切るくらいで、これといった人影すら見当たりません。

もともとが“住宅地”として開発された地域のためお店屋さんも極端に少なく、たまにあってもOPENするには時間帯が早過ぎるためか、まだどこも開いていません。急にパニクッてしまった彼は、携帯電話で会社へ連絡を入れます。「もしもし?道が解らなくなってしまった!」と。

部下の返事は、「はぁ?課長、朝っぱらから何言ってるんです?。もうすぐ会議始まっちゃいますよ。先に資料を用意しておきますから、間に合わせて下さいね!」ガチャン・プーッ・プーッ・プーッ・・・

「そうだ!今日は大事な会議の日だったっけ!こうしちゃいられない」と、今度は奥さんに電話をかけます。

「あ、もしもし俺だけど、俺はどこにいるんだ?」
「え?なんて?、今どこにいるの?」
「いや、それが解らないから電話してるんじゃないか!」
「もう!朝から何言ってんのよ。子供じゃあるまいし。私、カルチャー(スクール)に遅れそうなの。切るからね」ガチャン・プーッ・プーッ・プーッ・・・

う・・・嘘だろ・・・?。いい年した大の大人が、自分の暮らす街の中で迷子になってしまうなんて、そんな馬鹿な・・・

頭の中が真っ白になり呆然としている彼の姿をニコニコと見詰めていたのは、小さな公園のベンチに腰掛けたホームレスのお爺さんでした。

「なんだ?あのじじい。何が面白いってんだよ」と内心イライラしながらも我に返った彼は、「そうだ!論理的に考えよう。途中で迷ってしまったのなら、一度出発点まで戻ってやり直せばいい」と己に言い聞かせます。

で、ウチはどこだ・・・?。あ・・・引っ越してから新しい住所もまだ覚えてないし、細かいことは全部妻に任せっきりだったし・・・。そうだ!、もう一度妻に電話!

「もしもし、ウチって何丁目だったっけ?」
「あなた、さっきから何言ってるの?。ウチは5丁目でしょう」
「5丁目って、どっちだ?」
「もう!朝から何言ってるのよ。そこらの電柱に番地が書いてあるでしょう」
「そうか!、えぇっと、あ!ここは五月台3丁目って書いてある!」
「もう、すぐ近くじゃないの。ウチの子だって自分で帰って来れるわよ」ガチャン・プーッ・プーッ・プーッ・・・

そうか、まだたった2丁しか離れていないのか!。だから駅もまだ見えて来ないはずだ。で・・・5丁目ってどっちだ?。クソッ!なんで案内看板の1つもないんだよ?。そうか、確か家を買う時、「この街は景観重視ですから」とか何とか不動産屋が言ってたっけ。それにしても、なんて不親切な街なんだ!

とか何とかブツブツ文句を言いながら、とりあえず彼は自分の家の雰囲気に近い方へと歩み始めます。が、もともとが同じ不動産会社が開発した新興住宅地。戸別に多少の違いこそあれ、全体ではどこもかしこも同じような通りにしか見えません。おまけに道も碁盤の目のように東西南北がはっきりした碁盤の目のような作りではなく、山の斜面に沿うようにゆっくりカーブしているため、北へ向かっていたつもりが、いつの間にやら西へ進んでいたりと、まるで巨大迷路の中を彷徨っているような状態の連続です。

ヘトヘトになりながらも、何としても会議に遅れるわけにはいかない気持ちの焦りも手伝って、彼はまたまたパニックに陥りかけ・・・あ!あの風景は見覚えがあるぞ!。きっとウチに違いない!。急に駆け出した彼は、すぐに愕然とさせられてしまいます。確かに見覚えのある景色のはずです。そこには、あのホームレスの老人がニコニコと座っていたからでした。彼はいつも間にか“堂々巡り”していただけだったのです。

「あんたも?迷ったんかね?」とホームレスのお爺さんが訊ねてきました。
「うるさい!おまえなんかと一緒にするな!」と内心思いながらも、「いいえ、たいしたことじゃありませんから」と無視しようとします。するとお爺さんは、ますます笑いながら続けます。「かっはっは!。自分がどこへ行くのかも解らない。どこへ帰ればいいのかも解らない。それをあんたは“たいしたことじゃない”と言うのかね。こりゃ傑作だわっはっは!」

あんなジジイは無視無視!。そうだ!、駅が解らないならバスに乗ればいいんだ。そうすれば駅までバスが連れていってくれる。えーっと、バス停・バス停はと・・・あった!・・・あれ?何だこれは?・・・“五月台ループバス”?。これって五月台の中をグルグル循環してるだけじゃないか!。おいぉぃ勘弁してくれよぉ・・・

そうして彼は何時間もヘトヘトになりながら、五月台の中を彷徨い続けました。
会社へ電話しても、部下は「会議中なので、おつなぎできません。今どこにいらっしゃるんですか?」
「こっちがそれを訊きたいよぉ・・・」と答えるのが精一杯。

妻も朝からおかしな電話を何度もしてきて怒ったのか、それともまだカルチャーの最中なのか、あれからずっと「お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため掛かりません」状態。

ん?ちょっと待てよ!。あの老人は確か「あんたも?迷ったのかね」って言ってたっけ。「あんたも」?・・・「も」?・・・

気が付くと彼は、駅でも自分の家でもなく、さっきのあの老人の姿を探し求めていました。彼はそこに居ました。朝からずっと同じところに、同じ笑顔で座り続けていました。たった半日でボロボロの姿に変わり果ててしまった彼を見て、老人はまた笑いました。「ほっほ、そろそろ認めたかね?」と。

「み、認めるって、何をです?」
「決まっとるじゃろが。自分が“ホームレス”になってしまったということをじゃ」
「一緒にしないで下さい!俺にはちゃんと帰る家がある。働く会社もある。あんたみたいに、ホームレスなんかじゃありません!」
「ほぅ・・・?、では、その帰る家はどっちにある?会社はどっちにある?。わしにはあんたが今一番知りたい疑問こそが、“問題の本質”ではないかと思えてならないのじゃが、どうじゃ?。おっほっほ」と笑うばかり。

「僕には僕の建てた家があるんです。ちゃんとローンも払ってます」
「おいおい、それは『ホーム』じゃなくて『ハウス』のことじゃろ?」
「一緒じゃないですか」
「全然違うな。わしはあんたが『ハウスレス』になったとは言わなかったぞ。あんたは『ホームレス』になったんだと言ったんだ」
「『ハウスレス』でも『ホームレス』でも一緒の事じゃないですか」
「いいや、ぜんぜん違う。やはり、あんたは解っとらんのじゃのぅ」
そう言うと、老人はトボトボと歩き始めました。

歩きながらその老人は問いかけます。
「あんたは『ハウス』も『ホーム』も一緒じゃと言ったのぅ?」
「一緒じゃないですか」
「いいや違う。『ハウス』とはそもそも『家』=『建物』=『箱』を意味する。『ホーム』とは=『家庭』または『故郷』など『自分の戻るべき場所』を意味する」
「それって、私には同じものです」
「ははぁ?だからあんたは迷子になってしまったんじゃな。それなら解らんでもない」

「ぜんぜん意味が解らないです!」
「あんたの人生じゃ。あんた自身が選択すればよろしい。私に着いてくるかね?」
老人は杖をつきながら、トボトボと歩き続けました。

いつしか二人は、小学校の校庭に立っていました。
「誰もいない・・・」
「そりゃそうじゃ。みんな自分の『戻るべき場所』を理解しておるからのぅ」
「じゃあ、ここにいる僕とあなたは何なんです!?」
「だから言ったろぅ?。おまえさんは『ホームレス』になったんだと」
「それは違います!。僕にはちゃんと帰る家も働く職場もある!」
「で、それがどこにあるのか自分で解らないときた。おっほっほ」

「もう!いい加減、解るように説明して下さい!。頭の中がゴチャゴチャだ!」
「それはおまえさんが“聞こう”とする耳を持とうとしないからじゃ。持つかね?」

「え?・・・あ・・・はぃ・・・」
「よろしい」

老人は校庭の朝礼台の前に立ち、「そこへ上がりなさい」と杖を振った。
彼は何のことやら理解できないまま、しぶしぶ朝礼台の上へと昇った。
「さあ!、始まりじゃ。おまえさんは今ここに生まれた」
老人の一人SHOWが始まったようだった。

「おまえさんには“男”として生まれてくることも、“女”として生まれてくることも出来た。そして、おまえさんは“男”として生まれてきた。これが“人生の選択の第一歩”だ」と、校庭の地面に杖で縦線を引き、次いで逆Yの字型に二股に分かれる線を、土の地面に杖で描き始めた。

「ちょっと待って下さい。男に生まれるか女に生まれるかなんて、精子の結合の問題で・・・」
「だから、その時点の“選択”の話をしておるのに、本当におまえさんは聞く耳を持たんのぅ」
と老人は笑うばかり。彼も観念したように、老人の好きにさせておくよう、心を決めました。

老人はブツブツ言いながら、まるで彼の人生を見てきたか?のごとく、その時々の選択肢を逆Yの字で延長し続けていきます。「ここで、おまえさんは、こう選択したのぅ」とか、「ここは、こうするしかなかったのぅ」とかブツブツつぶやきながら・・・

「で?」
「で?」
「で、ここでおまえさんのご両親が離婚した時、おまえさんには『お母さんに着いて行く』という選択肢もあったはずなのじゃが、どうしてこちらを選んだのじゃ?」
「だってあの時は、学校を変わるのも嫌だったし、家も苗字も変わるのは嫌だったし・・・」
「ふむふむ、なるほど・・・」

「で?、ここでこんな素敵な女性と知り合って付き合ったのに、どうして別れた?」
「だってあの時は、彼女を偶然街中で見かけて、俺より親しい男と歩いてたから」
「ほんと、馬鹿な男じゃのぅ?」
「何が?」
「彼女には、優しいお兄さんがいると聞いてなかったか?」
「え・・・あ・・・あぁ!」
「今頃気付いてももう遅いわ。彼女はおまえさんに振られて、傷付いておったぞ」
「・・・・・」

「で、ヤケになって当時おまえさんに近かった存在の今の奥さんと結婚した。しかし、おまえさんは真の意味で奥さんに“心を通わせていた”わけでは無かった。その延長線上が、今のココじゃ」
と言って老人が校庭の地面に杖で引いた線は、小学校の塀まで届いてしまっていた。

「ほら」
「で?、どうなるんです?」
「見て解らんか?」
「行き止まりです」
「そう、行き止まりだな。おまえさんは今ここにおるのじゃ」
「で、でも・・・」
「いま見て来たろうに。これまでの経過を確かめてきたろうに。おまえさんの人生を、これ以上解りやすい方法はないぐらい描いて見せてきたろうに。で、おまえさんは今どこにおる?」
「完全な行き止まりにいます」
「そう、だ・か・ら、『ホーム』を『レス』してしまったんじゃよ」
「・・・・・」

「自分の行く先も、帰る先も、見失ってしまった意味が解ったかね?」

「でも、でも、僕は帰りたいんです!。どうすればいいんですか!?」
「ったく、しょうのない奴だ。これだけヒントを書いてるのに」・・「来なさい」

老人はもう一度最初に戻り、朝礼台の上に彼を立たせた。
あたりはもう陽が落ちてしまい、真っ暗になってしまっていた。

「わしが見えるかね?」
「ええ、見えます」
「では、今からわしがおまえさんの人生の線の上をたどっていくとしよう」
そう言い残し、老人は校庭の暗がりの中へと消えていった。

「どうじゃ!?わしの姿が見えるかね!?」
「いいえ!、暗くて見えません!」
「だから!おまえさんは迷子になってしまったのじゃ!。これで解ったか!?」
「・・・・・」

「どうした!?」
「正直・・・」
「正直、なんじゃ!?」
「正直、解りません!」
「何が解らないのじゃ?」
「何が解らないのか、解りません!」

校庭の朝礼台の上にしゃがみこんだ彼の頬には、自分でも理解できないほど大粒の涙がボトボトとこぼれ落ち、彼はそこに泣き崩れてしまった。

いつしか、老人は朝礼台の前に立っていた。その姿は、杖をつき背中を曲げた老人のそれではなく、背中をシャンと伸ばし、自信に満ち溢れたまるで別人のような男だった。

「人生には、前も後ろも見えなくなってしまうほどの深いトンネルがいくつもある。今回おまえさんはたまたま、それに入ってしまったことすら気付かないまま盲目的に人生を進んでしまった結果、帰るべき家まで見失ってしまうほどの『ホームレス』になってしまったのじゃ。人をさげすんではいかんぞ。軽んじてもいかん。もっと“人をいたわる心”を持ちなさい。今ならまだ引き返せる」

「でも、でも、どうやったらいいんですか?、僕はどっちに行けばいいんですか?」
「あぁ、そうじゃった。こんなに暗くては、見える道も見えんのぅ・・・ほっほっほ」
と老人はまるで天井の電灯を点けるがごとく、笑いながら右手を下へ引っ張った。

と、途端、あたりが明るくなった。いや、明るくなり過ぎた。マトモに目を開けていられないほどの激しい眩しさが突然彼を襲い、次の瞬間、彼は病院のベッドの上にいた。

目の前に、妻と娘がいた。妻はパニクッてナースコール・ボタンを押し続け、娘たちは首にしがみついてきた。後から聞いた話では、あの日の朝、仕事のことで携帯に夢中になり過ぎ、赤信号を見過ごして交差点を横断中に車に跳ねられてしまったそうだ。病院に担ぎ込まれた時は意識も戻らず、医者からは「最悪の事態も覚悟しておいて下さい」とまで言われていたらしい。

と、すると、あの老人は誰だったのだろう?。自己中心的な行動の結果、車に跳ねられ死線を彷徨った自分に救いの手を差し伸べてくれた、あの老人は・・・?彼にも帰る家が無かったのだろうか?。だからこそ、自分に気付かせてくれたのだろうか・・・?。それとも・・・

数ヵ月後、私は出勤するために家を出た。あの公園があった。
老人が笑って座っていた、あのベンチのある小さな公園だった。
老人はもうそこにはいなかったけれど、すぐ隣で微笑んでいてくれているような気がした。

妻に電話をしてみた。つながるなり、彼女は当然のように怒っていた。
「もう!、あれだけ歩きながらケイタイは止めてって言ったのに!」と。
彼は微笑んだ。
「大丈夫。歩きながらケイタイはしないよ。今は公園のベンチに座ってるから」
「公園って、どこの公園なの?」
と言う妻の問いかけに、彼はただただ苦笑するしかなかった。

その公園のベンチの正面を見上げると、あれだけ探しても見付からなかった、彼の『ホーム』が目の前にあったから。。。
スポンサーサイト

ネット小説 【竹之島】

image日本と韓国のちょうど中間ぐらいに、架空の島『竹之島』がありました。竹之島は日本海の真ん中に浮んだ、岩だけの小さな島です。領海(漁業権を含む)の関係から、日本も韓国もそれぞれ「竹之島は我が国の領土だ」と主張して譲りませんでしたが、人が住めないため放置されたまま長い年月だけが経っていました。

そんなある日、島根の漁師から「竹之島に灯りが見える」という報告が入ります。外務省職員:東アジア地域担当の40歳と38歳の夫婦が、島根から漁船をチャーターして現地調査して来るよう命じられました。いきなり海上保安庁が出動して“国際問題にまで発展してしまったら、後がややこしくなってしまう”という政府の判断からでした。

そこには数年前までは確かになかったはずの“灯台”が建っていました。韓国側が先に建造物を作っておこうと、勝手に建てた灯台でした。“無人島”では説得力に欠けるため“実際に人が住んでいる”という既成事実も必要と考えた韓国側は、“灯台守り”という名目で二人の男性を竹之島に住まわせていました。過去に他の灯台を管理していた経験を持つ初老の男と、その23歳の息子でした。

漁船で竹之島に近付いた日本人夫妻は、桟橋に立つ二人の男性の姿を確認します。彼らは敵対してくるわけでもなく、歓迎するわけでもなく、普通に彼らを向かい入れました。日本人夫婦のうち旦那の方だけが韓国語を話せたので、主に旦那さんが質問し、初老の男の方が答える役でした。彼らは特に隠しだてする様子もなく、「いつかはこんな日(ここへ日本人がやってくる時)がくるだろうと覚悟していたが、海上保安庁でなくて良かった(巡視船には機関砲が装備してある)」と語り始めます。

日本人の旦那さんも「私たち(日本政府)も韓国と無用なトラブルは望んでいないので、あえてこういう形で訪問させてもらいました」と述べたので、互いに緊迫した空気はなくなっていきます。お互いの領土問題に触れたところで、「私たちは国家でも何でもなく、上から命令されてここにいるだけのことですから、ここで領土問題を討論したところで場違いなだけですね」と四人とも笑いあえるほどまで打ち解けていきました。

韓国側の二人の男性は、月に一回だけ母国から定期船が生活必需品を運んできてくれるそうです。若い息子の方に「こんなところに父親と二人きりで淋しくないのか?」と聞くと、「ここに勤務している限り兵役を免除されるし、父親を竹之島に一人置いておくのは心配だし、ここなら誰にも邪魔されずに好きな絵を描けるから」と、意外にも灯台での生活も苦にはならない様子でした。

約一週間の滞在が過ぎ、日本政府から衛星電話で「すぐに調査結果を報告せよ」との命令が下ります。「報告書は書面にて直接持参し提出せよ」という但し書き付きでした。しかし、おりしも大陸からの低気圧の接近により、海は大シケの状態。とても漁船では無理と判断した旦那さんは、海上保安庁の巡視船を廻してもらうよう要請しますが、「必要以上に韓国政府を刺激することは出来ない」と却下されてしまいます。灯台守りの父親は、「こんな嵐の中を漁船で帰るなんて」と引き止めますが、旦那さんは「これが私の仕事ですから」と断ります。そこで父親は「ではせめて奥さんだけでも置いていきなさい」と説得し、結果旦那さん一人だけが日本へ帰ることとなりました。

韓国語が話せない奥さんと灯台守り親子の、奇妙だけれども不思議な生活が始まります。奥さんはすることがないので、日本式の料理などで二人をサポートし、彼らを喜ばせます。お礼に父親は灯台中を廻って機械の仕組みをあれやこれや説明し(言葉は通じなくても身振り手振りでなんとか)、息子の方は奥さんをモデルに絵を描き始めました。これまで風景画ばかりで人物を描いたことのない青年にとっても、毎日が新しいことの連続でした。

しばらくして、韓国側の定期船が日用品を届けにやってきました。そこで定期船の船長が目にしたのは、二人の韓国人男性と並んで桟橋に立つ、一人の日本人女性の姿。ビックリ仰天した船長は、慌てて本国へこのことを報告してしまいます(実は灯台守りの父親は、それまで韓国政府に日本人が来たと報告することをためらっていたのです)。「ただちに本国へ帰還し、現状を報告せよ!」という韓国側の命令を受けた父親は、その定期船に乗って母国へ帰ることとなってしまいました。

日本海のド真ん中の孤島に、23歳の韓国人男性と38歳の日本人女性が二人っきり。こうなると、もうなるようにしかなりません。二人が接近するのにさほど時間はかかりませんでした。が、日本人女性は“自分は人妻である”という事実が心にブレーキをかけ一線だけは越えませんでしたし、韓国人青年も紳士でした。

そんな折り、日本政府から衛星電話で「ご主人の乗った船が戻らず、もう何日も捜索を続けているが現状は絶望的である」との連絡が入ります。泣き崩れる奥さんを支えてあげられるのは、23歳の青年一人だけ。ついに二人は一線を越えてしまいます。このBlogは未成年の方も見られますので詳しくは描きませんが、もうほとんど『愛の流刑地』状態。灯台の灯りの機械が回るすぐ横で、とても激しい日々が繰り返されます。

一つだけ不思議なコトに、それまでいくら身振り手振りを加えて話しても、なかなかうまくお互いに言葉が伝わらなかったのが、二人が結ばれた途端、彼は韓国語で話し彼女は日本で話すのに、突然互いの意思疎通がすんなり出来てしまうようになってしまいます。映画ならさしずめ、“途中から急に字幕スーパーが付いた”ような状態です。

日本政府からは奥さんに帰国するよう、連日督促の通信が入ります。しかし奥さんは、唯一の連絡手段である衛星電話を、笑いながら灯台の上から海へと投げ捨ててしまいます。彼女にとって、「領土問題」も「人種が異なる」事実も、もう「くだらないもの」でしかなかったのです。いつしか二人の間にあらゆる“壁”は存在しなくなってしまっていたのでした。

そんなある日、韓国の定期船が帰ってきました。が、父親は船には乗っていません。船長が代わりに話をしてくれます。「彼は日本人が訪ねてきたことをすぐ上に報告しなかったので、当局から厳しい取り調べを受けている最中に、持病の心臓病が悪化して急死した。政府はこの問題をこれ以上大きくしたくないらしい。お父さんは日本人が灯台に残っていることだけは、最後の最後まで言わずにお亡くなりになった。だから、あなた(奥さん)は日本へお帰りなさい。お父さんの身内は君(韓国人青年)しかいないから迎えにきた。いったん母国へ戻って、お父さんを弔ってやって欲しい」と。

青年には迷っている時間は残されていませんでした。定期船は必要な物資をおろすと、すぐに韓国へ引き返さなければなりません。「君も一緒に」という青年に、彼女は優しく微笑み返します。「私はここにはいないことになっているから」と。桟橋を離れる時、それまで冷たかった船長さんも、「日本人はもう自分の国へ帰った(嘘)。これでここはまた“無人島”だ」と言い残し、奥さんと握手をし、灯台を見上げながら連絡船へと戻っていきました。

それからまた一ヶ月が経ち、ヒゲをぼうぼうにたくわえ憔悴しきった青年が、竹之島へ帰ってきました。彼には“自分がまたここへ帰ってくる理由”は、一つしか存在しませんでした。桟橋には、誰も立っていませんでした。岩肌に取って付けたような階段を駆け上がりましたが、建物内のどこにも奥さんの姿はありませんでした。

「やはり、日本へ帰ってしまったのか・・・」と諦めかけたその時、船長さんが回転する灯台の光の一部が欠けていることに気付きます。そこには人の影が映っていました。青年は灯台の先端へと駆け上がります。そこには、明かりに照らされ優しい笑顔で彼を迎える奥さんが立っていました。

韓国の物資運搬用連絡船の船長は、「フッ」とだけ笑い、竹之島を周回しながら、北へと進路を取りました。その時、島を挟んで南側:島根県側の沖合いには、海上保安庁の巡視船が潜んでいました。連絡船が島の北側に隠れ離れていった頃合いを見計らい、巡視船は微速前進で竹之島へ近付いていきます。

灯台の上の二人も、それに気が付きました。青年は韓国語で「どうやら君を迎えにきたらしい」と言い、奥さんは日本語で「きっと私が“拉致”されたとでも思ってるんでしょう」と笑い返します。

巡視船は今にも上陸用のボートを降ろさんばかりの状態。機関砲も構えています。と、その時、北側へ去って行ったはずの韓国の連絡船が、グルッと島を一周して巡視船の前に現れました。巡視船の進路を妨害するがごとく巡視船に対しTの字の形で、横っ腹を見せて巡視船と竹之島の間に立ち塞がりました。これにはさすがに灯台の二人も「やめて!」と叫びます。

海上保安庁の巡視船は、「この島には日本人がいる。開放しなさい。さもなくば!」と無線で警告してきます。連絡船の船長さんは、やはり「フッ」と笑うだけで応答しません。巡視船は海に向けて威嚇射撃を開始しました。しかし船長さんはまったくビビらず、相変わらずドテッ腹を横に向け、進路を妨害し続ける姿勢を崩しません。

「このままでは撃たれてしまう」という青年に「大丈夫よ」と答えた奥さんは、以前老人から聞いた“灯台の手動での動かせ方”を使って、日本の巡視船にその強烈なライトを浴びせかけます。それを見た連絡船の船長は、「ほら、これが答えだ。船同士衝突したいか、俺を撃つか、ま、どっちにしたって国際問題は間違いなしだ。さぁ、どうする?」と逆に日本の巡視船を脅し返します。

ギリギリの所まで接近した二隻の船。連絡船に全く退く意志がないことを確認した巡視船は、止む無く舵を切り、すんでの所で南へ進路を変え去っていきました。塔の上の二人は連絡船に「ありがとう!」と叫び、船長さんはやはり「フッ」とだけ笑って、「来月にはまた来てやるよ」と独り言のようにつぶやきながら、韓国へと帰っていきました。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。